そもそも店なんかやりたくて初めたわけではなかった。
新卒で広告会社に入り、夢中で過ごして入社20年くらいしたくらい。
そろそろ次の人生を考えないと。
ぜんぜん出世していないから、昇進を目指すわけでもない。
いちばんおもしろかった営業の現場から外れたので、やりがいももうちょっとたりない。
人にものを売るのは得意だが、50近くなってから車や布団、不動産のセールスマンになるのも現実的ではないだろう。
そもそも「会社」ってやつは定年があるから、定年がない仕事がいい。
広告屋をやめてプランナーになる人がいるが、向いてない。
広告営業の代行稼業はないし。
やれて便利屋かな。
でも根性ない。
21世紀になったくらいのタイミングで会社で「転身支援制度」というものができていた。
これは40代以上に一律、年令に応じた結構な退職金の割増があるもので。
華麗なる転職を遂げた先輩もいたようだ。
この制度がなくなるという機運がしてきた。48歳のとき。2013年。
今ならやめるだけで、年収の倍以上の退職金がもらえる。
これは辞め時だ。辞めなくちゃ。
で、なにをしよう。
悩んでいたが、時間ばかり過ぎていったある日。
「お前は自分が好きな、酒が安くたくさん濃く飲めて、禁煙の店をやれい」
と、神が降りてきた。
すぐさま経営シミュレーション(数字ですね)をしてみると、これはいける。
そういうわけで、急になんの根拠もないのに、
私は自分で飲み屋の店主をやることを決意したのでした。
つづく